フラワーパーティ 2
Flowers 花の宴
咲く花びらも 散る花びらも
大いなる自然の 美しき営み
そこに聳え立つ 鉄の門
ぴたりと閉ざされた門扉の向こう
中を窺い見れば
制服に身を包んだ少年たち
思春期の匂いが花の芳香に包まれて
厳かに漂う
梢の陰から精霊が 木の葉そよぐ風に乗って
そっと耳元で囁いた
―ねぇ、あなたは知ってた?
ここが男子校だってこと―
常緑樹林の中、白い壁、赤い屋根。
四面を大きく窓が張り巡り、青い空の色が反射する。
晴れた日は鮮やかなトリコロールカラーが緑の茂みから浮き上がる、パブリックスクール高等部体育館。
バスケットコート二面、バレーボールコート一面、ストレッチジムスペースなど、学業だけでなく運動にも十分な環境が施されている。
高い位置の自動開閉の窓からは自然の風が通り抜け、草木の香りとともに換気を促すので、真夏のこの時期でも熱気が籠るようなことはない。
今日はその高等部体育館で、和泉が三浦と約束していたフリースロー対決の日だった。
一足早く、和泉たちが練習に興じていた。
「ナイスシュート!北沢!この調子で三年の奴らを一蹴してやるぜ!」
「おう!本条も百発百中じゃん!絶好調だな!俺たち!」
和泉と北沢が面白いようにシュートを決めるのを横目に、三人目のメンバーの渡辺がコートの外で見ている僕のところへ来た。
水分補給のため傍に置いてあるクーラーボックスのドリンクを一本抜き取ると、やや呆れた調子で話し掛けてきた。
「村上さん、あいつら懲りないでしょ。春に散々ヘコまされたくせに、のど元過ぎればなんとやらで・・・」
「渡辺君たちも上手だよ。元々はそんなに大差ないのに、侮って油断していたのが最後まで響いて、あんな結果になってしまったけど」
「最後まで響いたのは、あいつらが人の注意を聞かないからですよ」
「あははっ。それ、水島君も言ってたよ!」
「水島も?・・・そっか、あいつが言うのなら間違いないですね」
水島の名前に、渡辺は嬉しそうに顔を綻ばした。
それに反して、面白くない顔をする二人がいた。
「こらぁ!聞こえてるぞ!聡も、余計なこと言うなよ!」
「渡辺ー!お前にだって責任あるんだからな!サボってんじゃねぇ!!」
「しまった、また刺激させちゃったね」
「大丈夫ですよ。今日はフリースローですから、頭に血が上っても暴走の心配はありませんよ」
渡辺にとってはいつものことなのか、全く気にするふうもなくキンキンに冷えたスポーツドリンクをゴクゴクと音を立てて飲んだ。
「何だ?やる前から仲間割れか?下手くそほど人のせいにするからな」
挑発混じりの声が体育館に響いた。
三浦が渡瀬と連れ立ってやって来た。谷口は後から来るのか、姿が見えなかった。
「来た!あいつ8番、三浦サン相変わらず言ってくれんじゃん!なあ、本条!・・・本条?あれ・・・ちょっと?」
俄然色めき立つ北沢を尻目に、和泉は渡瀬に一直線に向かっていた。
「渡瀬ー!ほらっ、これ!」
手にはスマホが握られていた。
「渡瀬、僕は来ると思っていたよ?先生からも頼まれていたしね?」
―怒りっぽい弟だけどこれからも仲良くしてやってね―
渡瀬はジロリと僕をひと睨みすると、スマホを突き付けてくる和泉を手でガードしつつ言った。
「十分知ってる。先生から散々見せてもらっているからな。お前、同じ機種なんだから使い方くらい教えてやったらどうだ」
「え〜、おれより渡瀬の方がしょっちゅう兄貴と会ってんじゃん」
この時点で、渡瀬の眉間の深さがピークに達したのは言うまでもない・・・。
もちろん和泉はそんなことなどお構いなしで、渡瀬の目の前にスマホを突き出した。
「それより、ほら!どう?おれの彼女!バッチリ撮れてるだろ!へへへーっ!」
見たくなくても見せられた画像に、ギョッ!!と目を剥く渡瀬の横から三浦が割り込んできた。
「俺にも見せろ。おっ、可愛いじゃねぇか!てか・・・どっかで見た・・・あっ!聡の姉ちゃんだ!」
「ピンポ〜ン!おれ、村上家公認だぜ」
「・・・ホントにお前の彼女か?聡、マジ?」
三浦に訊ねられて、渡瀬のあの表情を見てしまっては、ここはちゃんと事実を伝えておかないわけにはいかない。
「村上家公認って言うのは、ホントだよ。もう一人家族が増えたっていうか、姉さんからすれば弟が出来たっていうか」
「もう!聡、黙ってろよ!」
和泉からすれば、いいところでバラされたといった感じだった。
それでもひと通り渡瀬に見せて満足したのか、用は済んだとばかりに本来のバスケに切り替わっていた。
「三浦〜、そいじゃ、さっそく始めようぜって言いたいけど・・・一人足りないよな。えと・・・谷口?」
「ああ、もう来ると思うんだけどな」
「三年生は、いっつも遅刻して来るんですよね〜、時間通りに来たことねぇし・・・」
「お前、確か北沢って言ったよな。お前も、和泉に負けず劣らず生意気だな」
谷口を待つ間、コートの中では三浦と和泉たちのそんな会話が続いていた。
そしてコートの外では僕が・・・
「聡!お前、あれはどういうことだ!わざとカマ掛けるようなこと言いやがって!」
渡瀬に凄い形相で迫られていた。
「最近ボーイフレンドが出来たって言ったこと?和泉を僕の家に招待したことも、
姉さんとツーショット撮りたいって言ってたのも、渡瀬は先生の宿舎で聞いていたじゃない」
「知るか!そんなこと!仮に聞いていたとしてもだ!何で俺がいちいちあいつの予定を覚えていなくちゃいけないんだ!!」
「僕は姉さんの気持ちを知っているから、渡瀬に伝えたかっただけだよ」
「え・・・」
―密かな思い人同士の恋の行方は、片や自分に厳しく片や奥手で、なかなか一歩が進まない―
本当に、困るんだけど。
姉の恋を応援する僕としては。
「でもね、いまのところ僕以外の異性で姉さんに一番近いのは和泉だよ。渡瀬はいいの?それで?」
だからこうして、君のお尻を叩いて促さなくちゃいけなくなる。
「いいわけなっ・・・あ、いや・・ちがっ!!・・・聡っ!!」
「ちょっと・・・渡瀬!待って、ほらっ!谷口が来たよ!」
間一髪、真っ赤な顔で怒り露わな渡瀬の肩越しに、走ってくる谷口の姿が見えた。
「あー、来た、来た!遅いぞー!谷口ー!」
いきなり遅いと言われて、しかも三浦ならまだしも和泉なので、渡瀬と同じ先生絡みの用事が多い谷口は微妙に顔色を曇らせた。
「うるせっつの、誰のせいで遅れたと思ってるんだ。
あいつ、自分の兄貴のことわかってんのかね?なあ、わた・・・」
「谷口!!遅いだろうがっ!!さっさと始めるぞ!!・・・叩きのめしてやる」
少し効果が利き過ぎて、谷口にまで渡瀬の八つ当たりが波及してしまった。
もっとも、谷口は意味が分からずあっけにとられているだけだけど。
「何だ、ありゃ?叩きのめすって、フリースローでか?・・・暑気あたりだな」
「そうだね、暑さのせいかもしれないね。渡瀬いま相当カッカしているから、よろしくね谷口」
「おい、おい、勘弁してくれよ。真幸の次は渡瀬かよ」
谷口のうんざりした顔に、当然のことながら真幸の様子が気になった。
「谷口は真幸の勉強も見ているんだよね。真幸元気にしてるの」
「あいつに夏バテはないな。そのくせ勉強になるとすぐヘタりやがって・・・
ったく、俺と御幸の二人掛かりでも、まだ夏休みの課題すら済んでねぇんだから」
「そう、元気ならいいんだ、安心した。勉強は二人がついているなら大丈夫だよ。それに先生もいるだろ、三人掛かりだね」
「先生は、真幸と一緒に飯食うだけだぜ」
「・・・・・・・・・」
そうなの!?≠ネんて、白々しく言えない。
先生絡みの話は、何故かいつも最後は僕に風当たりが向く。
まとも受ければ百ほど文句を聞かされる羽目になりそうなので、とりあえず話を逸らすことで回避する。
「た・・谷口!早く行かないと、ほらっ、渡瀬がこっち見てるよ」
「・・・はあぁ、疲れる。あっちもこっちも面倒な奴らばっかりだな・・・」
谷口はため息を吐きつつ、渡瀬たちの方へ走って行った。
バスケットコートに六人が集う。
和泉たち二年生と渡瀬たち三年生。
最初の頃はけして仲が良いとは言えなかったのに、今は笑い声が聞こえて来るよ。
反りが合わなくても、腹が立っても、嫌な奴だと思っても、少しずつ互いの友達を通して解り合って行く。
広がる友達の輪。
―こうして人は人と、係わって行くのだろう―
僕はコートの外で見ているだけだけど、
「みんなー!!頑張れーっ!!」
彼らの輝く笑顔が、僕にもとびっきりの笑顔をもたらしてくれる。
「楽しそうだね、聡」
突然、後ろから肩をポンと叩かれて振り向いた。
僕を聡と呼ぶその声は・・・
「白瀬さん!!」
「さっきから呼んでいるのに、全然聞こえていないんだから」
「よっ!元気そうじゃん」
「江川さんも!」
「も≠チて、まるで俺がついでみたいだな。逆、逆。守が俺について来てんの」
そう言って江川さんは、にぃーっと口を横に広げて綺麗な歯並びの白い歯を指差した。
白瀬さんが横で苦笑いをしながら、その説明をした。
「歯だよ、義歯の調整と検診にね。夏休みは学校の医務室も空いているだろ。達っちゃんの歯は僕の責任だからね」
コートの中の皆も白瀬さんたちに気付いて、歓声を上げながら駆け寄って来た。
「うわぁっ!!先輩!?先輩だー!!久し振りー!!えー!?」
「やあ、北沢君、久し振り。渡瀬たちも、久し振りだね」
「お久し振りです。委員会ではお世話になりました」
特に議長として委員会の運営をしている渡瀬は、卒業生代表の白瀬さんとの再会にとても感激している様子だった。
「本条クラスまで一緒になるとは思わなかったけどね」
「・・・面目ありません」
「そう言われると、僕もここにいられなくなるよ」
白瀬さんはニッコリ微笑みながら取り囲む面々をぐるりと見回すと、和泉に視線を止めた。
「聡から聞いていたけど・・・君かな、本条先生の弟さん?」
「はいっ!」
嬉しそうに和泉が返事をした。
「そうか、君か。やっぱり似てるね」
「でも、おれの方が男前でしょ」
和泉は僕に言ったのと同じことを、白瀬さんにも言っていた。
どうやらこれは、先生を知っている人への決まり文句のようだった。
「はは、そうだね、君の方が男前だよ。花屋や先生の宿舎にも度々行っていたけど、会うことなかったね」
「おれ花なんて興味ないし、それに高等部くらいになれば、兄貴の宿舎にもあんまり行きませんよ。
寮で皆といる方が楽しいじゃないですか!」
「っていうか、先輩、こいつお兄ちゃんっ子だから、先生が他の生徒と仲良くしてんのが嫌なんだよ。
典型的な末っ子のヤキモチ妬きだな」
「北沢っ!!誰が兄貴にヤキモチ妬くかよ!いい加減なこと言うな!コノヤロッ・・・!」
「こらっ、白瀬さんたちの前だぞ、やめろって!すみません、二人揃うといつもこんな感じで・・・」
これもほぼ決まったパターンのように、渡辺が二人の間に割って入る。
「いつも仲が良いってわけだ、君も含めてね」
「お前、渡辺だっけ?もし渡辺のような奴が俺と守の間にいてくれてたら、俺の歯は無事だったかもな。
今みたいに止めろ!白瀬!≠チてな具合で。な、守?」
「・・・達っちゃん、勘弁してよ」
和泉たちの言い合いから一転して、白瀬さんと江川さんの応酬に皆どっと沸いた。
「ところで三浦、お前らバスケしてるんだろう。俺たちも混ぜてくれよ」
「うおっ!?江川さん、まじっすか!?」
「江川さんたちが入ってくれるんなら、4対4で試合出来るんじゃね!?渡瀬、どう思う!?」
「いいんじゃないか」
谷口の提案に、渡瀬も賛同しないはずがなかった。
そしてもちろん、後の三人も大喜びだったわけだけど・・・
「俺も賛成です!本条も北沢も、やっぱり試合の方がいいよな」
「そりゃ断然いいけどさ、何で渡瀬だけに聞くんだよ!」
「俺たちにも聞けっての!」
大人の対応を見せたのは渡辺だけだった。
くす、くす・・・。
渡瀬はすぐそうやって目くじらを立てるけど、僕はそんな彼らが好きだよ。
そうじゃなきゃ、つまらない。
「よーし!それじゃ守は三年、俺は二年に入る!ちょーっと、三年の方がハンデって感じだけどな!」
「言ってくれるね、達っちゃん」
好きも嫌いも一緒くたに、共に分かち合った涙と痛みで、こんなに素晴らしい時間が生まれるのだから。
そしてまた一人、その仲間が・・・。
「待ってー!待って!待って!僕もーっ!!」
―透き通る肌、黄金色(こがねいろ)の巻き毛、色素の薄い瞳の幼い容姿の男の子―
かつて白瀬さんは、この学校で妖精を見たことがあると言っていた。
僕は天使を見た。
天使は花園の住人の心地よい膝の上で戯れていたけれど、やがて羽を脱ぎ地上に降りて少年になった。
「ん・・・?達っちゃん、見て。金髪の少年が走って来るよ」
「金髪がそんなに珍しいかぁ?俺はそれより・・・青色の名札紐!俺たちの学年色だ!懐かしいな!ってことは、一年坊主か!」
君の姿に、もう天使は見えない。
誰の目にも。
「流苛!」
「三浦さん、僕も混ぜて!」
「混ぜてって・・・お前・・・」
遊びとはいえ、一応真剣勝負なのだ。
高等部高学年の彼らのスピードに流苛がついて行くのは、技術的にも体力的にも無理がある。
そうかと言って、それが拒否する理由にはならない。
三浦は無下にダメだとも言えず、困った顔で渡瀬と谷口の方を見た。
渡瀬がすぐ流苛のところに走り寄ってきた。
「流苛、俺たちがここでバスケしているって、誰かに聞いたのか?」
「うん!先生!」
「先生って、本条先生か?」
「そうだよ!僕ね、友達が帰省中で暇だから、花屋のお手伝いしようと思って先生のところへ行ったの。そしたら・・・」
―流苛、せっかくだけどこれから出掛けるんだよ。暇って、夏休みの宿題はしたの?―
―した!あとは渡瀬さんたちに、みてもらうだけだもん!―
―そう、それじゃ高等部の体育館に行ってごらん。渡瀬たちがバスケしているはずだから、流苛も混ぜてもらったらどうだい?
バスケ、いつも放課後みんなでしているんだろう―
「つまり俺たちに押し付けたってわけか・・・あ、いや、コホン。でも、何で先生が知って・・・・」
「あーっ、それ、おれだよ!昨日兄貴から電話があって、明日出掛けるからって誘われたんだけどさ。いつもタイミング悪いんだよな」
―明日?お墓参りは済んだじゃん。え?和花さん・・・あー、ダメ、ダメ!
明日は午後から三浦たちとバスケするんだよ。ほら、渡瀬のせいで遅れてただろー
―ああ、渡瀬のせいで出来ないって言っていたやつね・・・仕方ないな―
「このっ・・・!!!」
「でね、先生が渡瀬さんにバスケ終わったら花屋閉めておくように言っといてって」
和泉も先生も本人たちに悪気がないだけに、たいてい渡瀬の怒りは空回りしてしまう。
僕からすれば、二人から信頼されていればこそと思うのだけど・・・。
いずれにせよ渡瀬の風向きが僕の方に来る前に、江川さんがナイスタイミングで流苛に声を掛けた。
「よーしわかった、一年坊主!でもな、遊びとはいえ俺たち本気だぜ。ついてこれるかぁ〜?」
「僕は坊主じゃないぞ!流苛だ!一年生だからってばかにするな!ダブルクラッチだって出来るんだぞ!」
「おー、そりゃ凄いな!一年坊主・・・じゃない流苛クン!OK!それじゃ流苛は三年生の方に入れ!」
「わーい!やったー!!」
コートの中央に走って行く江川さんと流苛を、三浦と谷口が顔を見合わせながら後を追った。
「ちょっと待って下さい!江川さん!そんな簡単に・・・」
「渡瀬、いいじゃないか。僕も彼のダブルクラッチが見たいな」
「白瀬さんまで・・・。流苛にダブルクラッチなんて出来ませんよ、自分で出来ていると思っているだけです」
「だから彼の≠セよ。技術や体力的な差なんて、チームプレーで十分補える。簡単なことだろ」
大事なことは、出来ないことを考えるのではなく、出来ることを考えること。
「・・・はい。俺は大事なことを考え違いしていました。もし先生がいたら、同じことを注意されていたと思います」
「そう言えば彼・・・流苛も先生を知っているってことは、本条クラスだったのかな」
「はい。同室でした」
「そう。下級生の世話から花屋の戸締りまで、先生は人使いが荒いから大変だね」
「いえ、そっちの方は自分自身得る事の方が多いので、とても充実しています。むしろ大変なのは先生です」
「・・・うん?」
「物を使ったら出しっ放しとか、携帯はそこら辺に置きっ放しとか、クーラーも消し忘れていることが多いです・・・」
「ああ、先生本人ね。わかるよ、僕も今日学校に来ることを連絡していたんだけど。
先生も花屋で待ってるって言ってくれていたんだけど。一週間もしたら忘れるみたいだね」
「せっかくだったのに・・・会えなかったんですね」
「うん。仕方ないから適当に校内見て回りながら体育館に寄ったら、聡や渡瀬たちがいて驚いたってわけさ。
結局ね、忘れられてもそれ以上に結果オーライになってる」
そして白瀬さんはにっこり微笑むと、最後に付け加えた。
「先生の花の魔力≠セね」
「守ー!渡瀬!さっさと来いよ!」
「あ、いま行く!いつの間にか達彦が仕切っちゃって。悪いね、渡瀬」
「いえ、全然!」
コートの中では和泉たちが軽いウォーミングアップをしている横で、流苛も張り切ってシュートの練習をしていた。
「ふうん・・・けっこう上手いじゃん、流苛。
そうなると、5人対4人っていうものなぁ・・・お前ら、どっかにもう一人知った奴いないか?」
江川さんは手を額に翳しながら、体育館を見回した。
夏休みなので普段よりずっと少ないけれど、それでも僕たちだけということはない。
僕も一緒になって見回してみる。
誰か・・・
「聡、入れよ」
「・・・僕?」
「マスク、もう取れたんだろ」
「取れたけど、でも和泉・・・」
「聡、本当だ!そういや、マスクしてねぇな!」
「良かったな!」
三浦も谷口も、自分のことのように喜んでくれているのがその口調で伝わってくる。
「川上の許可は下りたのか?」
「もちろんだよ。新学期が始まる前に診察を受けておこうと思って医務室へ行ったんだ。
そしたらすこぶる元気そうだねって、一発で合格点をもらったよ」
「そうか、聡は説教なしか。そりゃ良かったな」
そして渡瀬も、川上先生のお墨付きに安心した顔を見せた。
「よし!決まり!これでメンバー揃ったな!始めるぞ!」
江川さんが高らかに右腕を突き上げ、
「聡は相手のゴール下にいろよ!おれがバス出してやるからさ!」
和泉が親指を立ててウインクをする。
ああ、先生。
あの日先生が作ってくれた花冠の意味を、いま僕はひしひしと感じています。
―花さえも触れないと嘆く今日でも 明日にはこうやって
花に触れることが出来るかも知れないだろう―
花さえも触れないと嘆いた日々は少しずつ過去へと遠ざかり、いまでは緑生い茂る木漏れ日の道を、野に咲く花を摘みながら歩く。
また芝生に寝転がり、そっと撫でながら草の匂いを嗅いだのは昨日のこと。
昨日まで出来なかったことが、今日は出来る。
今日出来なかったことは、明日へ繋がる人生の道なのだ。
―君が生きている意味は 君の人生の中に
君が係わる 全ての人たちの中に―
新たな一歩を、
コートの中へ!
「聡ー!」
2014.8.12 完
■追記
二部完結に当たり、 2014.4.14にenqueteより頂いていたコメントを追記します。
・Flowers 厳しいなかに優しさを感じる。理想の教育ではないでしょうか。
Flowersの土台を感じていただけて、感激です!!
Luckyは、厳しさは生徒たちを守る最大の優しさであると思いながら書いています。
どうしても体罰=厳しいというイメージになりがちですが、本当の厳しさはそういうところにあるものではないとLuckyは思っています。
先生が御幸に言った言葉。
「恥ずかしいのは僕たちの方だ。忸怩(じくじ=自分の行いを恥じ入ること)たる思い。
こうなるまで気付かなかったことを、僕たち教師はいつの時もそう思う」
厳しさは学校(教師)側の意識にあり、それが生徒たちを守るという優しさに繋がる.。
そんなふうに思いながらFlowersを、特に二部は書いていました。
現実の教育現場では、学校(教師)側に求められるそういう意識の欠如、或いはそこまで行き届かないというのが実情ですが。
だから理想なんですね^^
Flowersは、Luckyが理想と思う学校の姿を書いています。
なので、いただいたコメントは本当に嬉しかったです。
ありがとうございました!!
2016.5.17
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